2015年03月02日
ナンバー1より、オンリー1
僕は、アイドルグループのSMAPにはあまり関心がありませんでした。
ですので、あの「世界にひとつだけの花」と言う歌にも関心が無く、歌詞も知りませんでした。
でも、去年の暮れにフォークソングが好きな僕は、ある番組を観ていたら、「槇原敬之」と言う人が出てきて、この人が「世界でひとつだけの花」を作詞、作曲した人だと知りました。
そして、テレビの画面の下に歌詞が出ていて、それを読んでいてピンときたのです。
学校ってとこは、皆で学び、皆で遊び、皆で給食も食べます。
ですから、皆に合わせて「協調性」ってものを大切にしますよね。
でも、協調性が大切だと言われて、突拍子も無いことをしたり、ちょっと危ないこと、ちょっと汚いこと、そんな破天荒ことをすると先生に、即「ダメ」と言われ叱られます。
そんなダメ、ダメの中にいたら、子どもたちの個性は消されます。
そして、ドングリの背比べにされ、まるでクローン人間の集まりになってしまうかと思っちゃいます。
その反面、勉強はと言うと、追いつけ追い越せと急き立てられ、競争心をかき立てられている気がします。
学校教育って、これで良いのでしょうか。
僕は、とても良いとは思えません。
しかし、「たごっこパーク」には、子どもたちが何をやってもそれをとがめる大人はいません。
子どもたちは、自由に遊び、火で火傷をし、川で溺れ、廃材工作で血を流しながら知らず知らずのうちに、個性に磨きをかけているのではないのでしょうか。
そして、Only oneの子どもから、Only oneの大人になっ行くんだなと信じてやみません。
https://www.youtube.com/watch?v=shEBjkIJdB8
花屋の店先に並んだ
いろんな花をみていた
ひとそれぞれ好みはあるけど
どれもみんなきれいだね
この中で誰が一番だなんて
争う事もしないで
バケツの中誇らしげに
しゃんと胸を張っている
それなのに僕ら人間は
どうしてこうも比べたがる?
一人一人違うのにその中で
一番になりたがる?
そうさ 僕らは
世界に一つだけの花
一人一人違う種を持つ
その花を咲かせることだけに
一生懸命になればいい
困ったように笑いながら
ずっと迷ってる人がいる
頑張って咲いた花はどれも
きれいだから仕方ないね
やっと店から出てきた
その人が抱えていた
色とりどりの花束と
うれしそうな横顔
名前も知らなかったけれど
あの日僕に笑顔をくれた
誰も気づかないような場所で
咲いていた花のように
そうさ 僕らも
世界に一つだけの花
一人一人違う種を持つ
その花を咲かせることだけに
一生懸命になればいい
小さい花や大きな花
一つとして同じものはないから
No.1にならなくてもいい
もともと特別な Only one
Posted by しげちゃん・のりちゃん at
11:26
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2014年06月10日
「『たごっこパーク』でオジサン同士の、素敵な出会い」
しげちゃんです、ご無沙汰です。
最近の僕は年のせいか(言い訳)疲れ易く、取れにくい。風邪は引き易く、治りにくい。
そのお蔭で、外出するのがおっくうで、「たごっこ」も遠くになっていました。
でも昨日は(6/8)は、「コレじゃ、イカン」と一念発起し、いざ「たごっこ」へ行って来ました。
島田公園には、春の桜も散り、秋の銀杏も勿論なかったけど、
それに変わって眩い新緑が大変綺麗でした。
そこには、いつもの様に子どもたちが遊び、僕と同じくらいの年のオジサンがいたのです。
その方は、富士の特別支援学校の先生でした。
僕は、即その先生とおしゃべりを始めると、意気投合。
その理由は、僕は高校時代いにラグビーをやっていて、
先生は大学生時代にやっていたのです。
時と場所は違っても、過去には同じラガーマン、話に花が咲かない訳がありません。
大変懐かしくもあり、楽しくもあり、素晴らしい時間でした。
「たごっこパーク」は、子どもの遊び場であることは勿論、
大人の溜まり場、だべり場、出会いの場でもあることを改めて実感しました。
先生、昨日は僕のお喋りにお付き合いして頂き、本当に有難う御座いました。
また、いつの日かお会いした際は、ラグビー談義に花を咲かせましょうね。
「たごっパーク」は、今人と人との触れ合いが失われつつある時だからこそ、
絶対的に人にとって、老若男女にとって『必要不可欠』な場なのです。
追伸 先生、先生のことをオジサンなどと書き失礼致しました、何故か親しみを感じてしまいましたもので、ゴメンナサイ
しげちゃん
Posted by しげちゃん・のりちゃん at
21:16
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2014年03月31日
文月メイ「ママ」
しげちゃんです。
大変、大変、ご無沙汰してます。
最近の僕はちょっと変で、疲れやすく取れ難く、好きな物も食べたくなくって、行きたいとこ、やりたい事も無くて、無気力になってきちゃった。
でも、この記事はどうしても多くの人に伝えたいし、この曲を多くの人に聞いて欲しいと思ったから、今もかなりしんどいけど書いてみました。
「この歌が、流行らないような社会になって欲しい!」
皆さんに紹介させて頂いたこの曲は、文月メイさんと言うライブハウスで活動しているシンガーソングライターの方の曲です。
この曲は、今You tubeで150万件のアクセスがあって大変話題になっています。
この曲の歌詞は実際に起きた事件で、それに嘆いた文月さんが曲にしました。
僕がこの曲を知り、聴いてみて感じたことは、今の世の中がこういう世の中だからと、思ったのです。
今の人間関係が希薄になった社会、悩みを相談したくても相談相手がいない社会。
子どもは遊びたくても、場所が無い、塾通いで時間が無い、相手がいない社会。
って事は、子どもたちにとって、これも、あれもダメ、ダメ社会。これも、あれも無い、無い社会です。
その為にお母さんの中には心を病み、可愛い我が子を殺めてしまう。
また子どもたちの中にも、親からの虐待を受け、苦しみ、もがき、行き場所がない子が大勢います。
是非、皆さんの身近にも、この様なお母さんや子どもがいたら「たごっこパーク」、「おもしろ荘」を紹介してあげて下さい。
そうする事で必ず苦しんでいるお母さん、子どもたちは救われると信じています。
そして、この様な曲が社会で流行らない街になることも。
大変、大変、ご無沙汰してます。
最近の僕はちょっと変で、疲れやすく取れ難く、好きな物も食べたくなくって、行きたいとこ、やりたい事も無くて、無気力になってきちゃった。
でも、この記事はどうしても多くの人に伝えたいし、この曲を多くの人に聞いて欲しいと思ったから、今もかなりしんどいけど書いてみました。
「この歌が、流行らないような社会になって欲しい!」
皆さんに紹介させて頂いたこの曲は、文月メイさんと言うライブハウスで活動しているシンガーソングライターの方の曲です。
この曲は、今You tubeで150万件のアクセスがあって大変話題になっています。
この曲の歌詞は実際に起きた事件で、それに嘆いた文月さんが曲にしました。
僕がこの曲を知り、聴いてみて感じたことは、今の世の中がこういう世の中だからと、思ったのです。
今の人間関係が希薄になった社会、悩みを相談したくても相談相手がいない社会。
子どもは遊びたくても、場所が無い、塾通いで時間が無い、相手がいない社会。
って事は、子どもたちにとって、これも、あれもダメ、ダメ社会。これも、あれも無い、無い社会です。
その為にお母さんの中には心を病み、可愛い我が子を殺めてしまう。
また子どもたちの中にも、親からの虐待を受け、苦しみ、もがき、行き場所がない子が大勢います。
是非、皆さんの身近にも、この様なお母さんや子どもがいたら「たごっこパーク」、「おもしろ荘」を紹介してあげて下さい。
そうする事で必ず苦しんでいるお母さん、子どもたちは救われると信じています。
そして、この様な曲が社会で流行らない街になることも。
Posted by しげちゃん・のりちゃん at
11:25
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2013年03月25日
冒険遊び場たごっこパークは平成井戸端会議場
お久し振りです、“しげちゃん”です。
相棒の“のりちゃん”と先週、今週と二週続きで「冒険遊び場たごっこパーク」へ行って来ました。
体温調節が出来ない僕は、最近のポカポカ陽気のお蔭で、やっとこ冬眠からムクムクと目を覚ましたからです。
いつもの様に焚き火の傍に行くと、その周りでは子どもたちがキャッチボールをしたり、ボール蹴りをしたり、リヤカーで遊んだり、廃材工作をしたりと、いつもどおりの自由に思い思いに遊ぶ光景が見られました。
でも、いつもとチョッピリ違ったのは、焚き火の周りで今流行の「女子会」?、アッ、じゃなかった「おばさん会(笑)」が宴たけなわだったことです。
この「冒険遊び場たごっこパーク」は、子どもの遊び場であり、大人のだべり場でもあるのです。
今の世の中、「井戸端会議」をしたくても井戸は無し。
そして、それに代わる場所も無し。
オマケに集まる人も無し。
だけど、だけど、この「冒険遊び場たごっこパーク」は、そこらと違い、大人にとってはまさに、「平成井戸端会議場」。
焚き火周りのお母さんたちは、普段溜まっている不満や疑問や愚痴をこぼしていました。
近年は、若いお母さんたちが子育てで悩み、心を病んでしまう人もいると言われる昨今。
子育てが孤育て(孤立した・孤独な子育て)になっているとも聞きます。
その原因って、相談相手が居なかったり、親しい友人で愚痴をこぼせる人がいないからじゃないかな。
無縁社会なんて言われ方もしますから、子育て中のお母さんだけでなく、どこの誰でも老若男女皆、人とのつながりが薄れているんじゃないのかな。
でも、「冒険遊び場たごっこパーク」は、子どもにとっては「ハメ」を外して遊べる「遊び場」。
そして、大人にとっては、ストレス発散の場、友だち作りの場、情報交換の出来る「平成井戸端会議場」。
「大人のだべり場」なんですよね。
これからますますいい陽気になります。
皆さんどうぞ、「冒険遊び場たごっこパーク」へお越しください。
Posted by しげちゃん・のりちゃん at
20:49
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2012年12月30日
「アリと、子どもと、お母さん」
ある日、お母さんと太郎(仮名)君が、仲良く手をつなぎスーパーマーケットに買い物に行きました。
すると、突然、太郎君は道端にしゃがみ込んで、地面の何かをジッと見つめていました。
それは、沢山のアリがゾロゾロと行列を作って、一生懸命にエサを運んでいたのです。
太郎君は、その様子を目を丸くして、不思議そうに、興味津々で観察していたのです。
すると、お母さんが、
「太郎、早く買い物に行くんだから、こっちに来なさい」と呼び、手をつかみ、太郎君を立たせたんです。
皆さんは、このお母さんの行いを如何思いますか。
僕は、賛成できません。
お母さんは、この時、太郎君の遊びを奪ってしまいました。
『大人の都合で』
太郎君は、そのままアリの行列を見続けていたら、学校やお母さん、お父さんからも教えてもらえない、とっても大切な事を学べたと思うのです。
僕たちが通う「冒険遊び場・たごっこパーク」には、子どもたちの遊びの自由を妨げる事が何一つありません。
たっちゃん・みっきぃが言っていました。
NPO法人ゆめ・まち・ねっとが年明け1月12日にお招きする児童精神科医・佐々木正美先生はあいだみつをさんのこんな詩を子育ての極意として紹介していますよ、と。
待つ
待ってもむだな ことがある
待ってもだめな こともある
待っても むなしきことばかり
それでもわたしは じっと待つ
児童精神科医・佐々木正美先生の研修会は⇒こちら
Posted by しげちゃん・のりちゃん at
16:04
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2012年06月19日
ひとりの少年の、何気ない『つぶやき』
今日の島田公園は、日向に出れば「チョッピリ暑いなぁ(汗)」、「日陰に入れば、快適~(爽)」
みっきーも、のりちゃんも女性ですなぁ~、紫外線対策にぬかり無しです。
でも、でも、たごっこの子どもたちは、男の子も女の子もそんなことお構い無しが当たり前で、遊びに夢中です。
僕は、いつもの焚き火の前でお昼ご飯の「赤いきつね」を食べていたら、突然目の前にある太くて大きな丸太ん棒の上に、小学校高学年くらいの男の子が立ち、
「たごっこパークって、何でこんなに楽しいんだろ」
と、一言つぶやいたのです。
その子の周りには誰も居ません。
公園の立ち木が数本立っているだけです。
友だちと電子ゲームをしながら「このゲームは面白いな」とか、スポーツの試合のあとチームメイトに「今日の試合は楽しかったよな」とかは言うでしょう。
でも、一人でゲームをやっている最中に「ゲームって、何でこんなに楽しいんだろ」とか、一人でスポーツの練習をしているとき、「サッカーって、何でこんなに楽しいんだろ」と、子どもが一人ふとつぶやくなんてことがあるでしょうか。
ないと思うんです。
でも、丸太ん棒の上に立ったあの子は、
「たごっこパークって、何でこんなに楽しいんだろ」
そうつぶやいたのです。
彼のそのひと言は、何故か僕の胸にグサッと突き刺さりました。
僕が何故、その様な気持になったのかは分りません。
ただ、僕自身が凄く嬉しい気持になったのは紛れもない事でした。
僕は、思いました。
この子にとって、この「冒険遊び場たごっこパーク」のこと、ここで体験したこと、ここで仲良くなった友だちのこと、全てのことが一生の想い出、宝物になるんだろうなと。
何の理屈も無く、ただそれだけが「冒険遊び場たごっこパーク」の最も大きな存在価値なのではないのではないのでしょうか。
Posted by しげちゃん・のりちゃん at
20:25
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2012年03月22日
幼い時の『挫折』は宝物
過日、僕と相棒の「のりちゃん」は、「ゆめ・まち・ねっと」の総会に出席するため、「子どものたまり場・大人のだべり場/おもしろ荘」に行って来ました。
まず、始めにたっちゃんが昨年度の収支決算報告と活動報告をスライドを使い解説してくれました。
「ゆめ・まち・ねっと」の台所事情は決して楽ではなく、火の車です。
皆さんのご支援を、今後も引き続き宜しくお願い致します。
決算報告・活動報告の後は、皆でだべり会をしました。
たっちゃんは先の「秋葉原連続殺傷事件」を例に挙げ、熱弁をふるってくれました。
あの時に犯罪を犯してしまった青年は、幼い頃より学力は優秀で、高校は県内で一番偏差値の高い進学校に入りました。
俗に言う、中学まではエリートだったのです。
しかし、そこには上には上がいるのは当然で、大学進学は皆が四年生の大学に進む中、彼だけは短期大学に進学したのです。
四年制大学だから良い、短大だからダメということはまったくないのですが、彼自身はこの結果におそらく大きな劣等感を抱えたのでしょう。
彼の『挫折』(と感じた)人生の結末は、自暴自棄になり社会や他人を恨み、嫉み、僻み、「誰でもいいから殺してやる」と言う殺意を抱くことになり、凶行に走って終わります。
彼の殺意は彼自身の携帯サイトへの書き込みによると、「根拠がないのに自信がある人」に向けられたそうです。
さて、「冒険遊び場たごっこパーク」に遊びに来る子どもたちです。
川で溺れかけても、また川に飛び込む子ども。
火遊びをして火傷をしても、また火遊びをする子ども。
廃材工作をして指から出血しても、また廃材工作をする子ども。
たごっこパークの子どもたちは、失敗や挫折を繰り返し、試行錯誤をして、成長していきます。
冒険遊び場たごっこパークは、たくさんの失敗を経験できる場所なのです。
その様な体験を積み重ねた子どもは、大人になった時に大きな挫折にぶつかっても、それを乗り越えていく術を見に付けていると信じます。
子どもの時に失敗や挫折からの這い上がり経験のない大人が、大人になって大きな挫折を経験したら、そこから這い上がるのは至難の業なのです。
僕は、その様な事を考えると、人が大人になり、社会の一員になった時、「幼い時の『挫折』は宝物」だと思うのです。
Posted by しげちゃん・のりちゃん at
00:39
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2012年02月08日
「夢」って、なぁに?
まだまだ寒い日が続いていますが、皆さん風邪など引かれていませんか。
4月に入ると「冒険遊び場たごっこパーク」で遊んだ仲間たちも進学、進級したり、ある子は自分の夢を持ち社会人になり、社会の荒波に船出しようという子もいることでしょう。
でも、今のこの日本は大変な不景気で、なかなか自分がやりたい職に就けない時です。良い高校、良い大学を卒業しても、それはあまり変わりません。
そして、世間の人は、「あの子はニートだ」、「あの子はフリーターだ」、「あの子は腰掛就職だよ」と言う人がいるでしょう。
「冒険遊び場たごっこパーク」を主宰する「たっちゃん」はある高校に招かれ数人の生徒さんと、こんなしゃべり場を開催しました。
たっちゃん「みんなの将来の夢は何?」
Aくん「サッカー選手」
Bさん「看護師」
Cくん「社会福祉士」
Dくん「世界を旅する」
たっちゃん「じゃあ、みんなは、将来どんな人になりたい?」
Aくん「夢や希望を与えられる人」
Bさん「皆を笑顔に出来る人」
Cくん「誰からも信頼される人」
Dくん「自分を振り返られる人」
たっちゃんはこの答えを受けて4人に、そして全校生徒に、そして本当は、生徒の後ろでのほほんと聞いている先生たちに響いてほしいと願いながら、こんな話を伝えました。
最初に挙げてくれた「夢」は残念ながら叶わないこともあるかも知れないね。
怪我をしたとか、試験に落ちたとか、資金が作れなかったとかさ。
でも実は、次に挙げてくれた「こんな人になりたい」というのが、みんなにとっての本当の「夢」なんだと思うんだ。
どんな職業に就いて、どんなことをやるかという前に、なぜ、それをやりたいのかと考え続けることを大切にしてほしいんだ。
「どんな人になりたいか」と問われ出してくれた4人の答えはどれも素敵な「夢」だよね。
それを30歳になっても、40歳になっても、追い求めてほしい。
きっといつか、叶う夢だから。
僕は、たっちゃんの話を聞き、僅か数人の生徒さんだったけれども、その子たちにとっては、とっても大きな「夢」を持ってくれたのではないかと嬉しくなりました。
Posted by しげちゃん・のりちゃん at
09:23
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2012年02月07日
今どきの若者は…
お久し振りです、しげちゃんです。
実は、去年の秋に相棒ののりちゃんが体調を崩してしまったのです。
ですので今の僕は、のりちゃんが僕に施してくれる日々の介護を軽くしてあげようと思い、一週間のうち数日を某施設のショートステイでお世話になっています。
ある日、一人のベテランの職員さんが僕にこう言ってきました。
「青柳さん、最近の若い職員はマニュアル通りの事はやるけど、それ以外の事は僕たちが『アレやって、コレやって』と言わなければ動かないと言うか、動けないんだよね。だから、青柳さんからビシビシと言ってよ」と。
僕は、今ののりちゃんと一緒になる前は、同じ系列の施設に10年ほど居て、施設ってどういう所かはある程度の認識は持っています。
ですので、彼はその事を知っていて、僕に声を掛けてきたのだと思います。
そんな時、「たごっこパーク」でのある日の事を思い出しました。
それは、比較的難関とされる大学の生徒さんと先生が「たごっこパーク」に見学にいらした時の事でした。
僕は、いつもの様に野次馬根性を出し、付き添いの先生に何だかんだと質問をぶつけました。
すると、ナント、ナント施設の職員さんとソックリそのまんまの言葉が帰ってきたのです。
それは、「青柳さん、今の学生はね、私たちが言った事しかしなくて、一人じゃ何もしないんですよ」と、その先生はおっしゃって嘆いていました。
僕は、施設の若い職員さんと、高学歴の学生さんたちの間には何か共通点があるんじゃないかと思ったのです。
それは多分、『自主、自立』の欠如と、「リスクの高い事は避けよう」と言う「安心、安全」に偏り過ぎかなと思いました。
しかし、『たごっこパーク』で遊び回っている子どもたちは、『遊び』の中で「自己判断、自己決定、自己行動」を誰かに押し付けられる事もなく育んでいます。
時には、日曜大工で怪我をし血を流し、料理を作り火傷をし、ある時は川に飛び込み溺れかけたりもします。
でも、その様な危険が伴う事は子どもの頃に体験、経験しておく事で社会に出た時に『自主、自立』が見に付くのだと思うのです。
Posted by しげちゃん・のりちゃん at
20:22
│Comments(0)
2011年07月14日
「協力と協調から生まれるものは、『人と人との和と絆』」
久しぶりにのりちゃんと「たごっこパーク」へ行ってきました。
久しぶりの島田公園は、いつの間にやら木の葉が青々と茂り、いつもここで元気よく跳び回り、遊びまわっている子どもたちの様に、誰かが手を加えなくとも、知らず知らずのうちに元気良く育っていました。
僕と相棒ののりちゃんが、いつもの焚き火のところに近づくと、顔なじみのオバッピィーと子どもたちが『協力し合い』焼きそばを作っていました。
そこにはキャベツを刻む子、麺を茹でる子、麺を炒める子、調味料を振り掛ける子と、皆で一つの焼きそば作りを『協同作業』しているのです。
また、焚き火の火が消えそうになると、数人の子が焚き火を囲み、何かで扇ぎ一生懸命風を送っています。
また、ある子は、どこからか枯れ葉や廃材を集めてきて火の中にくべる、その様子は「火を消さないぞ」と言うみんなの気持ちが一つになっている姿でした。
僕は、その子どもたちを見ていて、今回の大震災に遭われ、余儀なく避難所生活を強いられている方々が『協力し合い』炊き出しをしている様子とがダブッて頭に浮かびました。
今日、僕は「たごっこパーク」の子どもたちから改めて大切なものを貰いました。
それは、「人と人は助け合い、人と人は救い合い、人と人は支え合わなければ人は生きて行けない。そして、人が楽しく、穏やかに暮らせる町も出来ない」と。
そして、その為には、「協力と協調から生まれる、『人と人との和と絆』」が必要不可欠なのです。
「たごっこパーク」のみんな、キャベツとお餅が入った塩焼きそば、超美味しかったよ。
ゴチソウ様!!!
Posted by しげちゃん・のりちゃん at
12:18
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